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「視野が広い」は勘違い。

こんばんは。まちたです。

 

前回の記事を1000人以上が見てくれたようで。

嬉しいけどオタクなのが1000人にばれたと考えるとぞっとしますね。

ちなみに鋼の錬金術師は見終わりました。

何度見ても泣けます。

 

今日は自分の視野の狭さについて書きます。

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何度も言っているように、私は今ジェンダー問題やセクシュアルマイノリティーの勉強をしたいと思っています。

だから自分の視野は広いと思っていました。

オープンな考え方ができていると思っていました。

でも、違ったんです。

私は根っからの日本人で、視野も狭いままです。

 

今日のゼミでフィリピン系ニューカマーについて勉強しました。

日本にいるフィリピン系の中でも特に10代の女の子たちにフォーカスしていた論文で、その実態について詳しく書かれていました。

中学生の女の子たちが家族のために高校進学ではなく、働きたい、母親の手助けをしたいと言うのです。

講師として来てくださった方に、この話題について質問や感想はないかと聞かれ、私は

もっとほかに生き方はないのだろうか。出稼ぎに来ている母親と同じ道を歩む必要があるのか。この子たちは自分の夢を諦めざるを得ない環境にいてなんだか悲しい。

と答えました。

 

その後講師の方のお話を聞いて、私のこの考えはあまりにも浅いなと思いましたね。

これって結局女の子たちの人生を否定していることになるし、自分が不自由な思いをしていないからこその言葉だなって痛感しました。

 

家族のために働くことに幸せを感じる人もいるかもしれない。

出稼ぎをしている母親を尊敬しているからこその判断かもしれない。

それ以外の選択肢が存在しないのかもしれない。

 

さまざまな可能性があります。

私はその可能性を否定して、自分の意見を押し付けてしまったような気がします。

マイノリティーについて勉強したいのに、異文化理解をするためのゼミに入っているのに、こんなっ考え方はよくないですね。

うぬぼれてたなって思いました。

 

今、このことに気づけたのはラッキーです。

このまま自分の視野は広いんだって勘違いしたままだと、色んな人を傷つけてしまうところでした。

危ない危ない。

 

私はまだまだ視野が狭くて勉強不足です。

でも思うのは、どれだけ学んでも経験しても、物事すべてを受け入れることは難しいということ。

器の大きい人間になりたいですね。

大人になったら器の大きい人になれると思ってました。

ぜーんぜんそんなことないですね。

年齢だけでいえば今年から成人で大人の仲間入りなのに。

何をもって「大人」なのでしょう?

いつになったら私は大人になれるのかな。

視野の広い人間になれるのかな。

 

とりあえず、口だけ人間なのを卒業しなきゃ。

実行に移す。きっとこれが私がなりたい「大人」に近づく第一歩。

 

 

それでは、また。